止まない雨




ごめんね、梨沙子。


もう梨沙子の傍にはいられないんだ。



――なんで?なんでよ



だって、もう梨沙子は子供じゃないでしょ?



――…違う、そういうんじゃない

――まだ子供だから、もう大人だから、

――そんな理由で傍にいてほしいんじゃない



知ってるよ。


梨沙子の気持ち。



――え……?



梨沙子、私のこと本気で好きなんでしょ?



――…みやのこと…本気で?

――……好きだよ

――みやのこと、誰より好きだよ…だから傍にいてよ



だから、いやなの。



―――え…?



だって、私たち女の子同士だよ?



そういうのって………













「いやだ……!!!」


自分の声で目が覚めた。


寝汗がすごい。ぐっしょりと濡れたTシャツ。
窓の外に目をやると、案の定暗闇の中雨が降っていた。

窓に映るあたし。
静かに涙を流してる。


『気持ち悪い』

『きもちわるい』

   『キモチワルイ』


嫌だ嫌だと頭を振るほど、

彼女の最後の一言がこびりついていく。


冷たく見放された視線。

温もりを感じない手のひら。


全ていやというほど覚えてる。
忘れたいのに、忘れさせてくれない。

それは、彼女が言う私の気持ちが、真実だという証拠。

全ていやというほど分かってる。
分かりたくないのに、理解させられてしまう。


私がどんな気持ちで彼女を想っているのか、どれほど愛してるのか、
『気持ち悪い』ほど身に染みる。


上手く息が出来なくて両手で顔を覆った。
目を瞑るのが怖い。嗚咽がとまらない。

どうして?どうして?


好きになってはいけない人を、好きになった。
けれど、とどめることの出来ない想い。

世界で一人だけだ。
こんなにも彼女のことが好きだ。

声も、身体も、仕草も、
ぜんぶぜんぶ愛しい。


出逢ってから誰よりも傍でお互いを感じていた。
一度味わってしまったその心地よさを、あたしは手放すことが出来なかった。



彼女を腕の中に閉じ込めてしまいたい。
いくら拒まれてもキスがしたい。
誰にも触れさせたくない。

彼女の全てをあたしのモノにしてしまいたい。


いつ離れ離れになったっておかしくない。
それなら、いっそのこと想いを全て打ち明けてしまいたい。
彼女の純粋な心をあたしの汚い欲望に染めてしまいたい。

ただ想うがままに彼女の全てを手に入れたい。



ねえ、みや。

りーはこんなことばっか考えてるんだよ?

こんなことばっか考えながら、いっつもみやの傍にいるんだよ?

嫌でしょ?嫌だよね?



〈梨沙子、大好きだよ〉




こんなあたしでも、まだ傍にいてくれるの?

好きって言ってくれるの?

ねえ、みやが言う〈好き〉とあたしが言う〈好き〉は

違うの?



《梨沙子、キモチワルイ》



何で?どうして?

どうして、みやを好きになっちゃいけないの?

こんなに誰より想ってるのに。

誰よりも愛してるのに。



りーが早く大人になれば。

みやと2歳も離れてなければ。



大人ならば泣かないの?

りーが子供だからいけないの?

大人だったらどうにかする方法を知ってるの?



まだ何も知らない生まれたてのようなあたしにとって、
みやへの想いはあまりにも大きすぎた。

初めて感じる感情を包み隠せるほど大人じゃない。
想いをありのまま言葉としてぶつけられるほど無垢でもない。


なんて中途半端な存在。



あたしがどれだけ成長したって、
どんどんどんどんみやも大人になっていって。

他のメンバーと楽しそうに話してる内容だって、
あたしばっか知らないことが多くて。



梨沙子は、ありのままでいいんだよ。



そんな無責任なこと言わないで。
あたしの気持ちを受け入れることすらしてくれないくせに。

違う、みやが悪いんじゃない。
こんな感情を抱いてしまったあたしが狂ってるんだ。
あたしは普通とは違うんだ。
普通の恋も出来ず、普通の愛し方も知らずに、
みやと出逢ってしまった。



このはかない苦しみをあたしはずっと背負って生きていくのかな――?


みやが傍にいても、みやがあたしから離れてしまっても、


ずっとこの苦しみだけはあたしのすぐ近くについてまわるんだろうな―?




……どうしたらいいの?



薄暗いなか光る携帯のディスプレイ。

浮き出た番号。歪んだ『夏焼雅』の文字。

どうして…どうして、分かったように…こんな時に…



『もしもし?梨沙子?おそくにごめんね…なんか眠れなくて』



どうして?


どうして、何もかも分かったように、あなたは



『もしもし?梨沙子きこえる?』



そう名前を呼ばれるだけであたしの身体は頼りないほど震えて。

思わず口から飛び出そうになる、その言葉。



みや…愛してるよ。



涙も嗚咽も止まらない。
何度もあたしの名前を呼ぶその声さえも、あたしを狂わせてゆく。

雨は降り止まない。
漆黒の闇のように汚れたあたしの欲望は行き先に戸惑い、
今日も独りの空から降り注ぐだけ。




















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