透明な冬






「ねえ、みや」


さっきまでけらけら私をからかってたくせに、
梨沙子はふいになにか不安そうな顔して私の名前を呼ぶんだ。

いつものことだけど、
こっちもはいはいと終わらせることは出来なくて。


狭いベッド。
すぐに梨沙子の白い腕を見つけてひっぱる。


「この間、ダンスレッスンの帰り際にね」

「うん」


泣かないでって心の中で呟きながら、
伸びた茶色い髪を撫でる。

梨沙子の髪、細いなぁ。
そういえばすっかり私より伸びちゃったね。


「ももがね、泣いてたんだ」


そう話す梨沙子のほうが今にも泣きそうな顔してる。
私の心の声は届かないのかななんて思いながら、
少しだけほんの少しだけ梨沙子に近づく。

どうしてそんなに泣きそうな顔してるの?
なにが、あなたを不安にさせてるの?

その要素を全部ぶち壊したい。


「あたし舞波っちのことだって分かってて、でも…だからかな?大丈夫?とか言えなくて…」


しどろもどろになりながら必死に私に伝えようとする梨沙子。
愛しいなって思ったり、そんなこと思ってる時じゃないって思ったり。


「結局なにもしてあげられなかったんだ。
 傍にいたけど、いてよかったのか、何かしてあげられなかったのか、わかんなくて」


わかるよ。梨沙子の言いたいこと、全部伝わってるよ。

そう言いたかったし、そう言えば梨沙子が安心するのも分かってた。
ただなんとなく変な想像が頭を過ぎって、変な嫉妬がうずまきはじめっちゃって。

子供っぽいなぁ、私。


「みや、きいてる?」


嫌気がさしたら態度に出た。

梨沙子は微妙な私の変化に気付いたんだろう。
髪を撫でていた私の手を払って背を向けた。

こういうところが、梨沙子だって子供っぽいんだ。
今回ばっかりは私も言える立場じゃないんだけど。


「ごめん、梨沙子。ちゃんときいてたから」


本当はこんなに梨沙子のことが好きなんだよ。

ももと二人でいたなんてきいたら、普通なんかじゃいれないんだよ。


言葉で伝わるんなら言ってる。
諦めてる私も悪いけど、分かってくれない梨沙子だって意地悪だ。


「ねえ、梨沙子ってば」


耐えられなくなって後ろから抱き締める。
少しの間だって離れていたくない。

やがて梨沙子はゆっくり寝返りをうってこっちを向いた。


「怒ってる?」


よくないって思ったけど、気付けばそう口にしていた。
梨沙子は何も言わないまま。

どうしたらいいか分からないままただ見つめあう。

沈黙。
それでも心地よいなんて思ったり。


「あ、雪」


梨沙子がおもむろに窓をさす。


「えっうそ」


言われたまま梨沙子の指の先を見る。
梨沙子のいう雪なんてひとひらも降ってなくて、
ただ静寂に包まれた暗い闇がぽっかり見えただけだった。

かと思えばふと頬に優しい感触。

私の頬に口づけた梨沙子は満足そうにふふっと笑う。


「みや、ひっかかりやすすぎー」

「わざとひっかかってあげたんでしょー」


頬が熱くて、でも認めるのはいやだから、けらけら笑う梨沙子を強く抱き締める。

私の腕の中でしばらく笑って、笑いつかれたのか、はあとため息をもらした。
とたんにさっきの泣きそうな顔にもどって私の胸に顔をうずめる。


「もう、舞波っちがいなくなって、二度目だよ」


独り言なのか私に言ったのか分からなかったけど、私はうんと頷いた。

Berryz工房が七人になって二度目の冬。
心が寂しいと思うのは季節のせいとか、幻覚とかじゃないと思う。

誰かがいなくなるなんて今だって想像できない。
来年の今何が変わってるかなんて想像したくもない。


それでも時間はあまりに残酷で。


「たまに、たまにね?考えるんだけど…」


梨沙子の続きの言葉はなんとなく分かった。
その言葉がききたくない言葉だってことも、なんとなく分かった。


「いなくなってたのが、あたしかみやだったら…来年の今いなくなってるのは、あたしかみやだったら…」


ああ、やっぱり。
きかない方がよかった。言わせなきゃよかった。

まったく同じことを考えてた。
梨沙子が、私が、どちらかだけがいなくなってたら…

今頃どうなっちゃってただろう。


「そんなの、想像もつかないよ」


強がってそう言ってみたけれど、想像もつかないのは本当だけれど、
胸は確かに小さく痛んだ。
小さな手に強く握られたような微かな痛み。

梨沙子も眉間にしわ寄せて、その痛みに耐えてるように見えた。
私の服の袖をひっぱってもう少し強く抱きしめてと催促した。


「それに、何があったって離れたりしないよ」

「うん…」

「ももと舞波っちだってそうじゃない。今だって会ったりしてるし…」


それでも、寂しいものは寂しいんだよ。
寂しさは消えるものじゃないんだよ。

梨沙子の目はそういっていた。
私もそう思うし、そんなの分かってる。

だけど、こう言わないと、梨沙子泣きそうな顔やめないでしょ?


「来年は雪降るかな…」

「きっと降るよ」

「みや…来年も傍にいてね?」


するすると梨沙子の細い腕が私の腰にまわる。
その温もりが切なくて、私まで泣きそうになる。

傍にいてね、なんて。
どっかにいっちゃいそうなのは、梨沙子の方なのに。
私の腕から溶け出して気付いたら見失ってて…

梨沙子はずるい。
いつもこうだ。


でも、私は傍にいてなんて言えないから。


「いるよ。なにがあったって、梨沙子の傍に」


だから、私はそう頷いて、強く強く梨沙子を抱きしめる。
どっか飛んでっちゃわないように腕の中に閉じ込めておくんだ。

そんなことしか出来ない私。
他にいい方法なんて思いつかない。



ただ、梨沙子を失うのが、こわい。

だけど、離れていかないでなんて言えない。

だから、ただきつく、抱きしめる。


梨沙子の体温を感じれば少しでも不安が拭われるはずだから。




「来年の今も、その先も、そのずっとずっと先も、一緒にいてね?」

「ずっと一緒にいるよ。ずっと、ずっと…」



来年も、再来年も、その先も。


一緒にいるよ。


きっと、雪も降るよ。


















END

















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