図書室待機









「ごめん、梨沙子!委員会長引いちゃって…」



勢いよく開けたドアと飛び出た言葉。
そして、慌てて口をつぐむ。

…まただよ。

心の中で呟いてため息をついた。
春風に煽られるカーテンの向こう。
静かに近づいて見ると、透けるような白い肌が夕暮れの赤い光に晒されていた。


そっと薄茶色の髪に指をすべらせてみる。
梨沙子は眠りつづけている。
私の大声にも気付かない子だ。こんなことで起きるはずがない。
まぁ梨沙子がよく寝るのは今に始まったことじゃないか。

シャーペンを握ったまま、腕を交差させてその上に頭をのっけてる。
やり途中の宿題は少しだけ皺が出来ちゃったみたい。


「梨沙子ー…終わったよ。もう帰るよ?」


そっと肩を叩いても何の反応もない。
仕方なく隣に腰掛けて、しばらく寝顔を見つめてみる。


今年の春、幼なじみの梨沙子が後輩として同じ中学校に入学してきた。
何かと昔からお世話を頼まれていた私は、案の定中学校でも延長線上にたたされてしまった。

…まあ、そんな関係が当たり前になってて、気付けば私たちは恋人同士になってたんだけど。

私が用事で残らなきゃいけない日も梨沙子は一緒に帰ると言ってきかない。
だからそんな日はこうして、たいてい図書室で私を待ってる。


本当に昔から梨沙子にはかなわない。
どんなわがままを言われたって、どれだけケンカをしたって、気付くと私の方が折れているんだ。


そんなことを考えていると何だか悔しくなって梨沙子をいじめてみたくなった。
そっと握り締めているシャーペンを抜き出そうとすると、嫌そうに顔を歪ませた。
次に頬を突っついてみると眉間にシワを寄せて、んーと唸った。
さすがに起きるかなぁと思ったのに…さすが梨沙子だな。

いや、感心してる場合じゃない。ていうより感心してるポイントがおかしいけど。

もうこうなったら何をしたって起きないんじゃないか。
そんな考えが私の頭を過ぎった。


「梨沙子?起きないと、帰っちゃうよ?」


梨沙子はさっきと同じように顔を歪ませて首を振るだけだ。
一体どんな夢見てんだか…
きっと今梨沙子の夢の中で、私の声がずっと遠くから聞こえてるんだろうな。
っていうより、そうだといいなぁなんて思った。


「梨沙子ー…」


念のためもう一度だけ声をかけてみる。
長いまつげがぴくんと揺れるだけで、起きる素振りは全く見せない。
梨沙子の寝顔を見つめつづけていたせいかもしれない。
私の中のイタズラ心がみるみる大きく膨らんでいく。

そっと顔を寄せてみる。本当にまつげ長いなぁ。
近くで見れば見るほど、外国のお人形さんみたいだ。

なんだか変な気持ちがわいてくるのが自分でも分かる。
お腹の辺りであったかくなって…

気付けば薄くひらいた梨沙子の唇に、自分のそれを重ねていた。


「んっ…」


梨沙子がまた、声を漏らす。
その声にはっと我にかえり慌てて退いた結果、椅子から落ちた。


「んー…あれ、みやぁ?なにしてるの?いつ委員会終わったの?」


寝ぼけ眼をこすりながら梨沙子は不思議そうに私を見ている。
心臓が破裂しそうな早さでどくどくいってる。
それでも、平然を装ってスカートのひだを手で払いながらなんとか立ち上がった。

梨沙子もつられて立ち上がり帰りの支度をごそごそとはじめている。
…っていうことは、気付かれてないんだよね?



何食わぬ顔でいつも通り手を繋いでくる梨沙子。
さっき梨沙子の肌を照らしていた夕暮れが、今度は二人の影をつくりだしてる。
散った桜の花びらが私たちの足にまとわりつく。

私は未だはらはらしていた。
態度にこそ出してないものの、実は梨沙子はもう起きてて全部バレてた、
なんてことになったら恥ずかしいどころでは済まされない。


「…みや、みやってば」

「えっ?ん!?な、なに?」

「もー…今日ずっとぼーっとしてる…」

「ごめんごめん…」


眠ってる間にキスしたなんて言ったら…梨沙子なんて言うかな。
怒るかな?それとも、ひいちゃうかな?
どっちにしろ言わないことに決めよう。
ずるいっていうのは分かってるけど、バレてないなら言わない方がいいに決まってる。

この桜並木を抜けて坂を下れば、もう家についてしまう。
梨沙子はなにか楽しそうに話しているけれど、私の耳にその内容は全く入ってこない。


「それじゃぁ、ね」

「うん…」


私の言葉に少し寂しそうに頷く梨沙子。
それから、周りに人がいないのを確認しはじめる。
私たちの中では毎日恒例になってしまった、お別れのキスだ。

梨沙子はそっと目をつむり、私に少しづつ近づいてくる。
握り合った手に、ほんの微かに力が入る。

唇が触れるか触れないかのところで、私も目を閉じた。
今日二度目のキスはさっきより何倍も柔らかいものに感じられた。


「あーあ…たまには、みやからしてくれたっていいのに」


梨沙子が口をとがらせてそう言ったので、私は思わず笑いそうになった。

白く透明な手はゆっくりと離れてやっぱり赤い光の中で揺れていた。
私も手を振り返す。梨沙子が角を曲がるまで私はその背中を見つめていた。


家につくまで、私は緩みそうな顔を保つのに必死だった。
梨沙子の言葉を思い出しては心の中が温かくなる。

いじける理由なんてないのにな。

なんだか今日の自分は意地悪だ。そう思いつつも、やっぱり私の顔は緩みそう。

帰ったら梨沙子にメールしようかな。
いきなりごめんって言ったら、梨沙子きっとテンパっちゃうだろうなぁ。


今度はちゃんと私からしてあげるからね。
もちろん、梨沙子が夢の世界にいない時に。












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