好き嫌い



その日、梨沙子は不機嫌だった。
不機嫌な理由はいやになるほどたくさんあった。
それもまた、不機嫌になる理由の1つだった。


ダンスレッスンのあと、梨沙子は1人空きスタジオにいた。
今日のだんすの自主練をするためだった。

はっきりいって、今日の梨沙子の調子はサイアクだった。
立ち位置、振り、歌詞…忘れられるもののほとんどを忘れたんじゃないだろうか。


さっきまでの練習を思い描きながら、踊る。
けれどすぐに足がとまる。



「あーもう!」



足が止まってしまうのは、別のことを考えてしまうからだ。



そもそもの原因は、みやだ。

みやが髪なんか切るからいけないんだ。


みやのことは大好きだ。
髪切ったみやだって、正直さらに可愛くて、
もうみやのことしか考えられないくらいだった。

でも。

ももに可愛いって髪撫でられてるみやなんて、
顔も見たくないほど嫌いだ。
みやに触るももだって、笑顔でありがとうだなんて言うみやだって、
大嫌いだ。


…思い出したくもない。



梨沙子は頭をぶんぶんと振って、もう一度曲を口ずさみ始めた。




三十分は経っただろうか。
振りも大分頭に入り、引き上げようか迷いはじめたときだった。



「梨沙子!」



静かなスタジオに響く少し高い声。
その声をきいただけで、梨沙子は眉間にシワをよせた。


ダンスに集中しててすっかり忘れたように思えていた。
でもそれは結局、意識して封じ込めて無理矢理忘れていたようなもので。

あっという間に今日見てきた嫌なこと特集が、
梨沙子の頭の中でフラッシュバックした。



「探してたんだよ?今日、一緒に帰るって約束したじゃない」



梨沙子に負けないふくれっ面で雅は言う。


大きな鏡ごしに仕方なく雅と目を合わせる梨沙子。

一度深くためいきを吐いて、どうしようかと考えた。



「梨沙子?きいてるの?」



だけど、その決断は思いのほか早く決まって。



「先、帰って」



自分でもぶっきらぼうな返事だなと思った。

幼いなぁ…あたし。



「え?」



なんで?なに言ってんの?

そんなような目で、みやが続きを求めてる。
でも、私は続きの言葉なんて、
それこそみやが期待してる言葉なんて用意してない。



「なんで?っていうか、梨沙子…」



なんで怒ってんの?

みやがそのあとに続けようとした言葉なんてあながちこんなとこだろう。
でも、みやは知ってる。
あたしがそんなこと言われたら、余計だんまりするってことを。


ひねくれてて、頑固で、本当素直じゃない。
自分でもこんな性格に嫌気がさしてる。



「いいから、帰ってて。ごめん」

「なんで?なんでよ?」



みやと目を合わすのをやめた途端みやの言葉にも熱がこもりはじめる。

あたしは無視して再び踊り始めるけど。



「なんでか言ってくれないと分かんないじゃん!」

「うるさいなぁ!もものとこにでも行ってよ!」



みやの大声に触発されて、反射的にあたしもそう怒鳴ってた。

言ってから、はっと気付く。
この一言を言わないために、帰ってって言ったのに。
我慢して1人きり残っていたのに。

あー…言っちゃった。



「…もも?なんでももがでてくるの?」



みやは華麗にあたしの1番痛いとこをついた。
一気に熱が冷めたあたしは、力なくうつむいた。

みやが少しずつ歩み寄ってくるのが、視界のはじにうつる。
もうおしまいだ。
結局幼いあたしの負けで終わるんだ。



「ねえ、梨沙子。教えてくれない?」



そんなに優しい声できかれたら、無視なんか出来ないじゃないか。



「だって、みやが髪切るから…」

「え?」

「ももも、みんなも、可愛い可愛いって撫でて…」



1番最初に触れることができなかったのが、悔しくて。

みやはあたしのだ。
あたしだけのだ。

そんなこと言えないし、とおらないし。

触らないでなんてわがまますぎる欲望が、怒りに変わって体を覆った。


こんなの単なるやきもちだって思われるだろうし、自分でもそうかもしれないって思ってる。


でも、違うよ。

もっともっと、苦しいんだよ。


苦しくて、悔しくて、自然と握りこぶしがふるえはじめる。



「ねえ、梨沙子」



みやは、そうあたしの名前を呼んで握りこぶしをそっと解いた。
そしてそのままあたしの手をぎゅっと握る。



「かわいくない?似合わない?」



この、髪型…
みやは自分の髪を指ですいて、あたしのことを見上げた。

みやは、ずるい。
可愛くないはずがないのに。
正直いって惚れなおしてる。

バレてるのかな?分かってて、きいてるのかな?


上目づかいに耐えられなくなって、そっぽを向いた。



「かわいいよ…」



結局、うまくやられちゃった気がする。

さっきまで意地はってた自分が本当に恥ずかしい。



「ありがと、梨沙子」



みやはふふっと笑ってあたしの首にうでをまわす。

前々から思っていたけどみやは2人きりになるとちょっと大胆だ。
あたしは少し恥ずかしいけど、あたしだけが見れるみやの特別な一面だから、嬉しい。



「梨沙子に1番言ってほしかったんだよ」



みやは、ずるい。

そんなセリフ、かわいすぎる。



「梨沙子顔まっか〜」



けらけら笑うみやも、輝いて見えるほど可愛くて。

あたしは怒っていたことも忘れて、
切ったばかりの柔らかいその髪に指をすべらせた。













END



































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