Missing



ラジオの仕事中にふと梨沙子のことが頭に浮かんだ。
仕事が終わる頃には、完璧に会いたくなっていた。

会えないことは分かってた。


私、どうしちゃったんだろ…
さっきまでダンスレッスンで一緒だったじゃない。


明日になれば会えるじゃん。
…明日じゃいやだ。今、会いたい。
でも、どうしたって会えるはずがない。
…それでも会いたい気持ちはおさまらない。


正直、自分に不安を抱いた。
どうしてこんなに会いたいのか…想いの重さに、戸惑いを隠せない。


「みやーまだ帰らないの?」


その声に振り向くと、佐紀ちゃん、もも、くまいちゃんが 綺麗に背の順に並んで私の方を見てた。


「うちら、もう帰るけど…」


それは、一緒に帰らないの?帰ろうよっていう、遠まわしなお誘いだ。

どれだけここで悩んでたって梨沙子には会えないだろう。
それだったら、みんなと帰った方が気が紛れていいかもしれない。


「みや?」

「…ごめん。寄るとこあるんだ。先帰ってて?」


頭では分かっていたのに、気付けばそう口にしていた。



「そっかぁ、じゃあまた明日ね」



お疲れさまぁと手を振りながら、3人は私の前から消えていった。


1人きりになると静けさも加わってか、
やっぱり余計さみしくなって、余計梨沙子に会いたくなった。


外は、真っ暗になってた。


もう、何をしたって会いたい気持ちは消えないんだってなんとなく分かった。

まぶしいビルの夜景が浮かんだ窓にうつった私の顔は、
信じられないくらい情けない顔をしていた。

こんな顔見られたら梨沙子にからかわれちゃうかな。


ふとおもむろに携帯をとりだして梨沙子の名前を探した。
メールくらい…平気だよね。
電話はしない。会いたい想いが、つのりそうだから。


[今、何してる?]


そっけないメールだなって自分で思って心の中で苦笑した。

もう想いはいっぱいいっぱいで、何かがプツンと切れた拍子に、
好きだとか愛してるだとか私らしくない言葉が溢れそうだった。



「梨沙子…」



五分経っても返事はこない。
いつもだったら三分もしないうちにくるのに。

時間が経てば経つほど、
不安と寂しさとなんともいえない切ない想いが胸を締め付けた。


いつからこんなに大きな存在になったんだろう。


最初は妹みたいに思ってて…なんていうか、 梨沙子のことは私がしっかり面倒みなきゃって変な義務感を抱いてた。

梨沙子が叱られれば私も落ち込んでしまったし、
梨沙子が誉められれば私も嬉しくなった。

だけど…

梨沙子だってもうすぐ中学生だ。
もう、私の助けなんてただのおせっかいなのかもしれない。
私たちの年代、特に1番幼い梨沙子なんかは、日々成長がめまぐるしすぎる。

出会ってから4年経つ。
もう、すっかり大人びてしまったように感じる。
そりゃ、まだ子供だなぁって思うところも見え隠れするけど…


もう近い未来、梨沙子は私を必要としなくなるのかもしれない。


そう考えると無意識に視界がゆがみはじめた。


もし、必要としないほど梨沙子が成長したのなら、
それはそれで嬉しいことのはずなのに。


出会ってからずっと傍にいたから、一緒じゃないなんて、
梨沙子が離れてくなんて考えられない。


もうこれは義務感とか仲間とか、そうゆう類じゃないんだ。


だから、会いたくてたまらないし、
不安になったり寂しくなったり切なくて苦しくなったりする。

好きだとか愛してるだとか、
ありきたりでも伝えたくなる。


この気持ちは何か、私はきっと分かってる。




歪んだ視界のすみで光る携帯のサブディスプレイ。
いつの間にかメールが来ていた。
送信者は、ももだった。


[りーちゃんと会うの?楽しんでね〜笑]


さっき、私がみんなと一緒に帰らなかった理由をももはきっと分かってたんだ。
…少し取り違えてるけど。

会う約束なんてしていない。会いたがってるのは私だけ…のはずだから。

よく見たらもう30分も前に受信したものだった。
いい加減、帰ろうかな……


私はバックを手にとってエレベーターで下に向かった。


握り締めた携帯は何も言わないから。
涙をぬぐって、外にでた。

絶対泣きたくなんかなかったけど、
12月の夜は1人きりの私に、あまりに冷たくて。


思わずもれた白い吐息は、あっという間にさっきと同じように歪んで。






「みや」



梨沙子の声…?



「みや!」



幻聴かなとか、とうとうおかしくなっちゃったのかなとか、そんなことばっかり考えてて、
振り向いたら実際に梨沙子がそこに立ってる場面なんて想像するヒマもなかった。

だから、嘘かと思った。


「梨沙子…?」



だけど。



「お仕事おつかれさま」



いつもどおりのはにかんだ笑顔を見て、目の前にいるのは本物の梨沙子なんだって、
ようやく頭が理解してくれた。



「どうしたの?もう、家帰ったんじゃなかったの?」

「うーん…なんかね、みやに会いたくて」



私がずっと抑えていた想い。願望。
心の葛藤とか、いろいろ。

全部ひっくるめて、梨沙子はさらっとそう口にした。



「心配してたんだよ。ももたちと一緒にでてこなかったから」



それをきいて、私は思った。
もものあのメール…ももは取り違えてなんかなかったんだ。
ももはここで梨沙子と会って、それから私にメールしたんだ。



「梨沙子こそ、どうしてメールくれなかったのよ」

「だって、びっくりさせたかったから…」



梨沙子の申し訳なさそうな顔を見ながら考えた。
ももがメールをよこしたのは、もうかれこれ30分以上前だ。

つまり梨沙子はそれよりもっと前から、私を待ってたことになる。
こんな寒い中、コートも羽織らないで。

ばかだ。



「みや?…怒った?ごめんね?」



ばか…本当にばか。



私はほんの少し背丈の高い梨沙子の首に腕をまわした。



「え?みや?ちょっ…え?」



おどおどする梨沙子を、じっとしててと言わんばかりにきつく抱き締める。



「ごめんね…ごめんね、梨沙子…」



案の定梨沙子の体は冷たくて。
桜色に染まった頬に、私の頬をぎゅっとおしつけた。



「なんであやまるの?」

「…だって…」



気付いたら、涙が溢れていた。
私のそれはくっついてた梨沙子の頬にもつたって。

梨沙子の腕が腰の辺りにそっとまわった。
私が泣いてるのに気付いても、梨沙子は理由を尋ねたりしなかった。



「みや、あったかいね」



梨沙子の声がすぐ耳の近くできこえる。

梨沙子の温もりが腕の中にある。

梨沙子の優しさが、私の全てを包み込んでいる。


私は知った。

幸せすぎると、涙がでるんだ。




「ねえ、みや?」

「…なに?」



梨沙子は一度、そっと私から身を離した。



「あたしに会いたかった?」



涙で声が出ない。
私はただひたすらうなずくことしか出来ない。

それでも、自分の言葉で、伝えたくて。



「…会いたかった」



声にならない声は、白い吐息と一緒に溶けた。



「うれしいなぁ。おんなじ気持ち…」



独り言のように梨沙子は呟く。
そして、私の涙をぬぐいながら、もう一度私に尋ねた。



「あたしのこと、好き?」

「…好き、大好き…」



梨沙子の穏やかな笑顔に誘われて、
気付けば迷うことなくそう口にしていた。



「ありがとう、みや。あたしもみやのことが大好きだよ」



梨沙子の言葉も私のそれと同じように白い吐息と一緒に溶けてしまったけれど。
私の体は確かにその愛を感じて、もう一度涙を流した。

その『好き』が今までの『好き』とは違うって、
私たち本人が一番わかっていた。



「本当はね、好きって言いに会いにきたんだ」



ふと、梨沙子の顔がいつものイタズラっぽい笑顔にもどる。

その言葉が嬉しくて、その笑顔が愛しくて、
私はもう一度梨沙子の首に腕をまわした。

自分の想いを認めた瞬間、愛する人の温もりが恋しくなったから。


みやって意外にさみしがりやでしょ、なんて、
けらけら笑う梨沙子を、私はもっともっときつく抱き締める。



「うるさい、ばか」



これが、恋なのかな、なんて思いながら…


気付けばさみしさや寒さなんてどこかに飛んで消えていたけど、

胸を締め付ける切なさだけは温もりの中にまだ潜んでいたから。


これが恋なんだって、恋をしてるんだって、
私は勝手にそう決めた。


そんな私の心の決断なんて知りもせず、
梨沙子はずっと穏やかに微笑んでた。







END
























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