昨日から梨沙子の様子がなんだか変だ。














【Love's Tactics】


















「おはようございまーす…」





ドアを開けてまず目に飛び込んできた姿は、今のあたしの悩みの種だった。



後ろ姿を見るだけで胸がきゅっと痛くなる。

笑顔の横顔。今日はかわいいなぁなんて思わない。

別に…いつも思ってるってわけじゃないけど…。





「あ、おはようみーや!」



「…おはよ」



「なに?どうしたの?何か元気ないじゃーん」





いつもは気に障るうざったいももの声も今日はすり抜けてく。

横目でチラッと見たあの子は私の方を見てもしなかった。



…いつもだったら、一番最初におはようって言ってくるのに。

誰より先に、抱きついて来るのに。



おはようもなしって、ひどくない?



でもここは一歩ひいて大人にかまえて…

あたしから話しかけてみればいいんだ。

そしたら案外普通かもしれない。



バッグの中をゴソゴソしながら何か言葉を探していた。

いつもはそんなの探さなくたって、ひょいひょい口から出てくるのに。



もういいや、そんなの考えてたって仕方ないし!



自分に勇気を持って!





あたしは梨沙子に声をかけようと振り向いた。





「ねえ、りー…」





あれ?

梨沙子は?





「みや?もうそろそろ着替えてだって」





キョロキョロしてるとキャプテンから声をかけられた。



梨沙子…どこ行っちゃったんだろ。





少ししょんぼりしてあたしは着替えを始めた。













梨沙子が撮影に入ってからもずっと梨沙子だけを見てた。

時折目が合ったような感じが二、三回したけれど、

何かアクションを起こす前にすぐに梨沙子から視線を逸らした。

可愛い顔して笑う梨沙子。

大人っぽい儚げな表情をする梨沙子。



ぜんぶぜんぶ知ってるはずだったのに…



撮影が終わった梨沙子に、すかさずももが駆け寄る。



私だけの梨沙子だったはずなのに…





気付きたくなかった胸のこそばゆさがただひたすらに私を追い詰める。





撮影している間は何も思わないようにしていたけれど、

終わった瞬間に少しだけ目頭が熱くなった。



慌てて楽屋に駆け込んだ。うれしいことに誰もいなかった。



…梨沙子とももはもう撮影終わってるのに。

どこいっちゃったんだろ…二人で、どっか行っちゃったのかな…





いつからだろう…あの娘がこんなに私の心を支配するようになったのは。



はじめはただ、お姉さんとして妹が好きなだけだった。

気付いたらいつも一緒で梨沙子は何かしらあると私を頼ってきた。



みや、みやって。



誰よりも傍にいたのに。

そう思ってたのは…私だけなの?

やっぱり、ただお世話係として近くにいただけなの?



もう、私は必要ないの?



…いつから、そんなに大人になっちゃったの…?









ふいに楽屋のドアがガチャッと開いた。





何でこんなときに…慌てて目をごしごし拭いた。

まだ泣いていたわけじゃなかったけれど、感づかれるのすら絶対に嫌だった。



ふぅと深呼吸してからいつもの笑顔を1回練習して、振り向いた。



私の少し離れているところに座ってるのは、梨沙子だった。



私は少し驚きつつも、気付けば勢いで話しかけていた。





「梨沙子、撮り終わったの?」





梨沙子は返事もせず、ただ首を縦に振った。





「ももも終わったんでしょ?どうしたの?」



「ちょっと…いろいろ」





つれない返事の梨沙子に、また目頭が熱くなり始める。

そんな自分に嫌悪感を抱く。

どうして、今日の私はこんなにもろいんだろう?

絶対泣きたくなんかないのに。



梨沙子の横顔を見ているだけで、胸が痛い。





痛くて



苦しくて



辛くて



泣きたくて





色んな気持ちが溢れそうで…





それでも、こんなに傍にいたい。



どれだけ苦しくたって梨沙子の傍にいたい。



でないと、私…





「ねえ、梨沙子」





そう声をかけ、少しずつ距離を縮める。

梨沙子は何もいわない。

けれど、逃げようともしなかった。





「今日…あんまり話してくれないね」





私の言葉に梨沙子は一度だけビクッとなった。

けれど、何も言わなかったので先を続けた。





「みや、梨沙子になんかしちゃったかな?」





いつものクセで…年上ぶっちゃった。



いやな聞き方しちゃったかな



梨沙子…何にも言ってくれない…



なんでよ…何か言ってよ…





「それとも…私のこと嫌いになっちゃったの…?」



「……」



「ごめんね、梨沙子…ごめんね」





いやな沈黙が私たちを襲う。

ついうつむいた私。もう、顔を上げられないと思った。



ひざの上の握りこぶしが少しだけ震えていた。

それを、ぎゅっ、と包んだのは梨沙子の手だった。





「え…」





言葉にならない言葉が口からこぼれた。

思わず顔を上げると、満面の笑みの梨沙子がいた。





「みや…ばかだなぁ」



「なっ…」



「みやのこと嫌いになるわけないじゃん」





何か言い返す暇も与えられないまま、私は梨沙子に抱き寄せられた。

何が起きたのか分かんなくて、どうしたらいいのか分かんなくて、

ただひたすら心臓がばくばくゆってる。



まるで、破裂しちゃいそう。





「今みやが思ってること、りー全部分かるかも」





いつものいたずらな笑顔で梨沙子はそう言った。

その言葉の意味を理解するのには少しだけ時間が必要で…

…でも、理解した途端、顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。





「ごめんね、みや。冷たくしちゃって…でもね、これ全部ももの案なの」





え…?もも???



何でももが出てくるの?





「みやはりーを独占したがるのに、みやは他のメンバーとも仲良くしてて」









りーちゃん、嫌じゃないの?



たまにはみーやのコトちょっとこらしめてみない?



冷たくしたら、きっとりーちゃんの大切さが分かるんじゃないかなあ。











…やられた。私、まんまと引っかかった。

そう、梨沙子にじゃない。ももにだ。





「りーはよく意味わかんなかったんだけど…」





意味も分からずにのっちゃったわけ!?



そう口から言葉が飛び出そうになったけれど、怒る相手を間違えてる。

梨沙子が引っかかりやすい子だって私はわかってるつもりだったのに。

朝の時点で気付くべきだったんだ。

あの時、ももちが話しかけてきたときに。





「よくわかんないけど…うれしいよ、みや!」





梨沙子は私の気持ちも知らずに、思い切り抱きついてきた。

なによ…「みやが思ってること全部分かる」なんて言っちゃって。



結局いつもどおり私が振り回されてただけだったんだ。



そう分かった瞬間、安心したのか、疲れたのか、思わずため息がこぼれた。





「みや、ひょっとして怒った?」



「…怒ってないよ」



「うそ。だって今ため息ついたし」





梨沙子の大きな目が私を覗き込む。

内心少しドキドキしつつ、ちょっぴりお返ししてやろうと思った。





「もう、しないから。許してよ」



「なんで?」



「だってさっきのみや、本当に辛そうな顔してたから…」





そういう梨沙子の方が辛そうな顔してて。



きっと私が何で辛かったのかもわかってないんだろうな。



梨沙子が傍にいなかったから。

梨沙子と話せなかったから。

梨沙子に触れられなかったから。



だから、辛かったんだよ。





でもね、今日は意地悪されたから教えてあげない。





「今度したら、知らないんだから」



「だからぁしないってばぁ。てか、りーが考えたんじゃないし!」





私はそこが気に食わないんだってば。

もう…梨沙子ってけっこう鈍い?



ちょっと意地悪しちゃおっかな。





「キスしてくれたら、許してあげる」



「…え…え?」





私の言葉にしどろもどろな梨沙子。

透けるように白い肌がみるみるうちに紅潮していく。

いじめてる罪悪感よりも、愛しさの方が上回ってて。



梨沙子は意を決したように唇を結んだ。

この顔をずっと見てたいけど、それはさすがにかわいそうだから目を閉じた。

しばらくして、頬にやわらかい感触。





「ほっぺー?」



「え…え…?だ、だって…その…」





ごにょごにょ言ってる梨沙子の頬を両手で挟んだ。

ほとんど、無意識。





「え…みや?」





ほんの少しだけ強引に引き寄せて、

ほんの少しだけ背伸びした。



唇が触れ合った瞬間、梨沙子の匂いがふわっとした。





「今日は…ほっぺで許してあげる」





顔を離しても梨沙子の顔は真っ赤なままだった。





「今度は、ちゃんと……ね?」





私の問いかけに梨沙子はこくこくとうなずいた。

そんな姿が愛しくて、その白い首にそっと腕をまわした。





ももちをどうやってシメようかなぁなんて考えながら。

































終われ。






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