こどものなやみ





きっかけは耳に入ったくまいちゃんとちぃのやりとりだった。



「梨沙子、今日も調子悪そうだったよね」

「やっぱり痛むみたいよ?かわいそうで見てらんないよ」


ちぃの言葉に続いて二人のため息がきこえた。
梨沙子?調子悪そうだったっけ?
痛むってなんだろ…ケガでもしてんのかな。

いや、でも、全然そんなそぶり見せないしコンサートだって元気にこなしてたし…

心当たりがない私は少し戸惑う。
梨沙子の変化に気付けていないんだとしたら、なんとなく嫌だ。

ちぃ達にきくのはなんか悔しいからやめた。
なんとしてでも自分で答えを見つけたい。

原因を考えていると梨沙子がももと喋りながら部屋に入ってきた。


「いい?りーちゃん。早く検診に行くんだよ?」

「えーやだよぉ…恐いし…あたし、12歳…なのに」

「もう!歳なんて気にしてられないでしょ!?出来ちゃったもんは仕方ないんだから…」


検診?年齢?
出来ちゃったって…なにが?

私の頭はありえない結果に結び付こうとしていた。
嫌だと思っても私の貧しい脳みそじゃ他の結果に導いてくれそうにない。

梨沙子が…?
そんなまさかって、そんなの嫌だって考えたって、
話のキーワードを繋げるとそれ以外に思い付かなかった。



いつ?とかまだ12歳なのに?とかそんな冷静につっこんでられなかった。

やっぱり、なんで?って何度も思った。




「もうっまーさからもゆってよ〜」


佐紀ちゃんの声が遠くできこえる。


「うーん、みやから言わないとだめなんじゃない?」

「やっぱり?」


まぁの口から私の名前が出て思わず振り返った。
だって、どうしてそんな1番辛いこと、私の口から言わせようとするの?

大体私は梨沙子から何もきいてないのに。
どうしてみんなは知ってるのよ。
どうして、私だけ知らないのよ。


「みや!りーちゃんにゆってあげてよ」


ももの困ったような声がすごく腹立つ。


「だめ、もも!みやには言わないでってゆったじゃん!」


続けて梨沙子の大きい声。
二人ともやばって顔してるけど、もう全部きこえてるよ。

しかも梨沙子、それどういうこと?
私にはってやっぱり私だけに秘密にしてたってことでしょ?
そういう風にもう見てないんだったら言ってくれればいいでしょ?


梨沙子の申し訳なさそうな顔が視界に入った瞬間、私の頭の中で何かが切れた。


「え!?みや?ちょっと!なに!?」


私は梨沙子の腕をとって廊下に出た。
誰もいないところを探してひたすら走る。

梨沙子は後ろで何も言わずについてくる。
握っている手の平が温かくて、余計腹が立つ。


温もりを感じてやっぱりこの子を手放したくないと思った。
だって私は梨沙子が好きだから。
何があったってゆずれない。
それが私にどうすることも出来ないことだとしても、私は梨沙子を渡さない。

誰にも、渡したくない。


「どうしたの?みや…」


落ち着かない呼吸。
まだ上下に動いてる梨沙子の肩をぐっと掴んで、強引に引き寄せる。
いつもみたいに口づけようとした瞬間だった。


「だめっ」


一瞬早く梨沙子の手が私の口をふさいだ。
何が何だか分からない私は苛立ちを隠せなくて梨沙子の手を振り払う。

もう一度キスを試みても梨沙子に顔をそらされる始末。
また申し訳なさそうな顔して梨沙子が言う。


「今はだめなの…」

「…やっぱり、そうなんだ?別に好きな人できたんでしょ?」

「え?」

「もうその人とできちゃったんでしょ?最初っから私のことなんて本気じゃなかったんでしょ?」

「なにゆってんの、みや…」

「こっちのセリフだし。みんなでこそこそしちゃってさ。
 梨沙子にどう思われようがそれくらいで別に傷ついたりしないっつーの」


思ってもないことばっかり口から全部溢れてく。
おまけに梨沙子を傷つけるような言葉だらけ。

梨沙子はみるみる泣き顔になってく。
泣きたいのはこっちなんだけど。

私だって本当は本気で梨沙子のこと好きだったんだから。


「みやのばか!意味わかんない…」

「意味わかんないのはこっちだってば!」


大体何で泣いてんのよって言おうと思ったのに、言葉が出なかった。
気付けば梨沙子の手が私の頬を思いっきりつねってた。


「別に好きな人なんているわけないじゃん!あたしはみやしか好きじゃないもん!
 しかも、できちゃったってなんのこと!?意味わかんないよぉ!
 どう思われようがとかそりゃ、みやには関係ないかもしれないけど、あたしはみやが好きなんだもん!
 大好きなんだもん!どうしようもないもん!」


梨沙子は一息でそう言うと一度ふぅっとため息を吐いた。
そして私の頬をつねっていた手がだらんと落ちた。


「本気じゃないとか、よくわかんないけど、そんなこと言わないでよ…」


潤んだ瞳がこっちを見てる。

私の頭の中は混乱していた。よく分からなくなってきた。
とりあえず、私が言ったことは全て否定されたわけだ。
っていうことはいわゆる…誤解ってやつ。


「もう、わけわかんないよぉ…何で怒ってんのぉ…みやぁ…」


私もわけわかんないよと心の中でつっこみを入れつつ、ごめんねと言って梨沙子を抱きしめた。
梨沙子は私の肩におでこをひっつけてぐずぐずいってる。

落ち着いて考えてみると、確かにひどいことばかり言ってしまった。
一方的に話もきかず梨沙子ばっかり責めてしまった。


「ごめん、ごめんね梨沙子。お願いだから泣かないでよ」


私は梨沙子の涙に弱いって自分でも分かってる。
だから、泣かれてしまったらそれ以上きつくはいえない。

それでもやっぱり真意はききたいから。
落ち着いてきた梨沙子の肩を今度は優しく抱く。


「梨沙子、私に隠してることあるでしょ?」


私の言葉に梨沙子の肩がびくっと揺れる。
ほんっと分かりやすい子だなぁ。


「それ教えてくれない?」


梨沙子は一度私の顔を見てから俯いた。
何だか少し頬が赤い気がする。


「あたし…この間…虫歯がみつかっちゃったの」


……虫歯?
虫歯ってあの甘いものばっか食べてたりすると出来るやつ?

あの冷たいのとかしみたり、ケーキについてるような銀紙とか噛んじゃうと、
もう鳥肌たつくらい痛くてどうしようもないやつ?


「みやに言うと笑われると思って…それで…」

「だからさっき、その…キス嫌がったの?」

「嫌がってないもん!ただ、歯食いしばると痛くて…本当は、その、嬉しいもん…」


いちいち大声で反論したり照れたり忙しい子だなぁ。
っていうか照れるんだったら言わなきゃいいのに。

なんて思ったりしたけど、実際言われると素直に嬉しいし安心した。
けれど、それだけじゃ終わらない。いや、終われない。


「えっ、でもさっき12歳なのにって…」

「12歳なのにまだ虫歯があるなんて、恥ずかしくて…」


最初は正直はぁ?と思ったけれど、実際虫歯をキーワードに全ては上手く連結した。

検診っていうのは歯科検診のこと。
出来ちゃったもんは仕方ないっていうのも虫歯のこと。
恐いっていうのは歯医者さんのこと。
12歳ってのは12歳にもなって虫歯が見つかったってこと。


「じゃぁ調子悪かったっていうのも…?」

「歌うときとか、たまに痛くて…」


梨沙子は右側の頬に手をくっつける。

…私はとんでもない誤解、いや勘違いをしていたみたいだ。
よくよく考えてみれば妊娠なんて、そんな大切な話をベリーズのメンバーが堂々としてるはずがない。
しかも私だけに秘密とかそんなの以前に相手は誰って話じゃないか。

一体私はどれだけテンパっていたんだろう。
数分前の自分がすごく恥ずかしい。
…いや、今も十分恥ずかしいんだけどさ。


「みや、なんだと思ってたの?」

「えっ?」


梨沙子から1番痛い質問をされた。
さすがに今日ばっかりは上手く流すことが出来ない。

私が困っていると、いつから見ていたのかももとちぃが突然現れた。


「みーやんってば考えが大胆すぎー!」

「違うよ、もも。や・る・こ・と・も、大胆すぎー!」


けらけら騒ぎ立てる二人。だけど反論できない私。
梨沙子は頭にクエスチョンマークを浮かべて二人を見てる。

ったく…一体いつから見てたんだ。


「大胆ってなんのこと?」

「あーっ梨沙子は余計なこといわなくていーの!」


「なんでキス嫌がるの…?」

「強引なのは嫌…優しくして…?」


「あーうるさいうるさい!そんなこと言ってないでしょ!」


ももとちぃはきゃーきゃー言いながら逃げて行った。
梨沙子は顔を真っ赤にしたまま黙り込んじゃうし。
ちょっとは否定しなさいよね。

まあ…今回のことは全部私が悪いんだけど。
私に1番に言ってくれなかった梨沙子も悪いんだからね?
だから、もう謝らないもん。


「ほら、梨沙子。帰るよ。…ちゃんと歯医者さん行くんだよ?」


何だか気まずくて、顔を見ないで手を差し出す。
握られるのを待っていると、予想外に梨沙子は私の腕を思いっきりひっぱった。

バランスを崩して梨沙子に抱きしめられる私。

何が起こったのか理解する前に、頬に口づけられていた。


「ちゃんと歯医者さん行くから、また今度…してね?」


何も考えてなさそうなぼけーっとした顔で梨沙子はさらっとそう言った。
かと思えば顔を真っ赤にして私の手を握るとさっさと歩き始めた。

なっなんなの。
そんなセリフどこで覚えてきたのよ。
っていうか、歯痛いんじゃなかったの?

小さい疑問がふつふつ沸く。
すると突然梨沙子が立ち止まって振り返った。
ぶつぶつ言ってたのが聞こえたのかと思って、私は慌てて口を噤む。


「な、なに?」

「みやのこと、大好きだからね」



甘い言葉に不意打ちの笑顔。
そんな技どこで覚えてきたんだってば。
…なんで私だけ顔赤くしてんのよ。

私ってばひょっとして振り回されてばっかり?
梨沙子がもう少し大人になってくれるまで、まだまだ悩みはつきなそう…


















END










































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