独占欲







「みやー眠いー」



久しぶりに梨沙子を家に呼んだ。もう、10分ほどそのセリフをエンドレスに言い続けている。
何度も薄手のパーカの袖を伸ばしては、猫のように私に擦り寄ってくる。
確かに2人で座ったら狭いソファだけど寝れないほど窮屈でもないだろう。


「寝ればいいじゃない」

「やーだ…」


午後の風は梨沙子にとって心地がよすぎるみたい。
ワイドショーと私を交互に見ては、ふぅと息を吐いて目をつむるんだけど。

みやぁってそれもまた猫みたいに鳴いて、
私の左肩のあたりに頭をごろごろ転がしている。
もう何回も無視して雑誌を読み続けていたら、ふと梨沙子の白い手が目の前を覆った。


「つめたっ」
ひやっとしたその感触に思わず手をのける。
梨沙子はつまんなそうな顔して、とうとう膝の上に置いていた雑誌をテーブルに投げた。
代わりに出来たそのスペースに自分の頭を置いて、すごく幸せそうに笑ってる。


「ちょっとぉ…まだ見てる途中だったのに」

「だってみやずーっとそうしてるんだもん」


膝の上で半回転して梨沙子が私のことを見上げる。
真っ白な肌。茶色い細い髪。悪戯な瞳に思わず吸い込まれそうになるけど。

私は無視してもう一度雑誌を手にとる。しかし、案の定また払われた。
挙句の果てに寝転がったままの梨沙子に抱きしめられ、簡単に身動きがとれなくなった。


「ばか、離してよ」

「みやがかまってくれないからいけないんだよ」


梨沙子は満足そうに笑う。


「もう…どうせ寝ちゃうんでしょ?だったら早く寝てよ」
私は半ば諦めてやっと抜けた片方の手で梨沙子の頭をぽんぽん叩く。

だけど。


「寝ないよ」


梨沙子ははっきりとそう言った。
私は少しびっくりして顔を覗き込んでみたけど、やっぱり目はとろとろしてる。


「みやと一緒にいるんだもん…寝ないよ…」


明確だった一言目に対して、二言目はもう、靄がかかったようにしか聞こえなかった。
だけどそんな梨沙子の気持ちがなんとなく嬉しくて、
私はあえて何も言わずにそのまま頭を撫で続けていた。


3分もしないうちに梨沙子は眠りの世界へと導かれた。
空き時間があれば寝てるって、雑誌の取材で自分で言っていたのに。

多分梨沙子にしては頑張ってた方なんだと思う。
私の家に来て二人でソファに座り込んでから数十分。
本当はずっとずっと眠くてたまらなくて、それでも睡魔と闘ってくれてたんだと思う。


途端に愛しさがこみ上げて笑みがこぼれた。


その時だった。
ガラス張りのテーブルの上に置かれた梨沙子の携帯が動き出したのは。

最初はすぐ止まるだろうと思って放っておいた。
けれど、それは案外しぶとくて、私は何だかイライラし始めて、思わずそれを手にとった。
バイブを止めようとしただけだった。

なのに、目に映ってしまったサブディスプレイと『嗣永桃子』の字。

気付けば私は携帯を開いて、真ん中のボタンを押していた。
メールが開ける一歩手前で私の手からそれは抜き取られた。


「あっ…」
梨沙子は少しびっくりした顔で私を見ていた。
そんな梨沙子を見て私も少し驚いた。
私、今何してたんだろ…


「見てないよ。バイブ止めただけ」

私の言葉に半信半疑といった梨沙子。
けれど、例のメールを見た瞬間ぱぁっと笑顔になった。

何でそこで笑顔になるのかいまいち私には理解できなくて。
いや別にただ単に面白い内容だったのかもしれないけど。
私と一緒にいる時にそんなに満面の笑み浮かべて他の人からのメール見なくたっていいじゃない。
そう思ったりするのだって…別に普通なはず。


「誰から?」


知っていたけどわざと聞いてみた。梨沙子の反応が見てみたかったから。


「…ひみつ」


梨沙子は困ったような笑顔でそういった。
不意に何だか胸の底が熱くうずいて、その不器用な笑顔をぶち壊したくなった。

その手から簡単に携帯を奪った私は梨沙子に背を向けてディスプレイに目を走らせる。

「ちょっ、みや!」

全文読み終わる前に梨沙子にまた取られる。

「見ないでよ…」

梨沙子は大事そうに携帯を胸にかかえてそう言った。


「ももからでしょ?そんなに大切な内容?」


そんなに大切な内容?だなんて、自分でも何を言ってるんだろう。
人にメール見られたくないのなんて当たり前なのに。

こんなんじゃ、なんていうか嫉妬丸出しだ。
本当私って大人じゃないなぁ。
梨沙子のことばかになんて出来ないよ。


「別に…そんなんじゃないよ。
 ただももちが、あたしが出てる雑誌買って見たって…よかったよって。
 その、今日発売だったから」


一度全て見せてしまった嫉妬の形を今更綺麗に整えようとは思えなくて。
申し訳なさそうな顔して喋る梨沙子が愛しくて、でも壊したい。


写真集を出したときだってそうだった。
別々でしかも単独の仕事ってだけで不安だった。
自分で言うのもなんだけど梨沙子が恋しがってないかって心配だった。

いざ仕事を終えてみれば梨沙子は嬉しそうに私に写真集を見せてきた。
見たことない表情の梨沙子がいっぱいいて、私はどうしたらいいか分からなかった。

周りのみんなは可愛いよとか大人っぽいじゃんとか、笑顔で梨沙子に言っていたのに、
私だけそれが出来なかった。なにひとつ言うことが出来なかった。


今回のモデルの話だって不安そうに話してきたのに、あなたはしっかりこなしてしまって。
どうせももからのメールに可愛かったよとかそんなようなこと書いてあったんだろう。
もうこんな気持ちになっちゃった以上、それは勢いを増す以外のなにでもなく。


「ねえ、きいてる…?」


もっと恋しがってほしい。もっと会いたがってほしい。
私以外なんて見てほしくない。私の傍以外のところになんていてほしくない。

本当は、私のほうが梨沙子を好きだ。何倍も想いは上回ってる。

私はずるい。
気付いたって認められなかった。
認めたくなかったから、誤魔化すようにキスをした。


「んっ…みやっ」
苦しそうに梨沙子の口から断片的に漏れる言葉。
罪悪感なんてちっとも感じない。
胸を覆うのは黒い色した独占欲だけ。歪んだ愛だって、決め付けてる。



私は本当に子供だ。梨沙子なんかより、全然。


一度梨沙子に拒まれても、私は何度も欲しがった。
下手なキスをしてる間中ずっと、梨沙子は泣きそうな顔してた。

ごめんね、梨沙子。私が子供だから…



「っ…いたいよ」


梨沙子に肩を押され、ようやく二人は離れた。
涙こそ流していなかったものの梨沙子の表情は苦しそうだった。


「みや…おこってるの…?」


その表情を見て、私だって苦しくなった。
息が出来なくて辛くて、ああ梨沙子に恋してるんだなって思った。
大切すぎて壊したくなる。苦しめようと思って唇を塞いだんじゃない。
こんなもどかしい感情は恋愛以外のなにでもないんだ。

梨沙子は握り締めていた携帯を捨てて、私の胸に飛び込んできた。
いつもどおりの甘える抱擁なんかじゃない。

今、この温もりで安心しているのは私の方だ。


「なんで…みや…っ」



こんなに好きなのに。どうしたら、上手く伝わるの?



離れていかないでって心の中で呟いたつもりだったのに、
梨沙子は小さく頷いて、もっと強く強く私を抱きしめてくれた。



何も言わずに、胸の中にいてくれる。

私の心の中のどろどろした部分が、静かに溶けていく。


押し寄せては退いていく幸せの痛みを、
抱きしめあった二人だけが感じてる。






「好き…大好きだよ、みや…」






ごめん…ごめんね、梨沙子…




私も、大好きだよ…













END
















inserted by FC2 system